全国俳誌協会 2023年の活動


                        会長  秋 尾   敏


 新型コロナウイルスが五類感染症に移行され、当協会も、従前の活動をほぼ取り戻した一年となった。
 役員の電子メールによる通信を軸に活動が計画されていることは変わりないが、常任幹事会を五月、八月、十一月に開き、第六十回定時総会、秋の吟行会、第十回編集賞授賞式という三つの大きな行事を開催することができた。
 第六十回定時総会は、六月二四日(土)、東京都北区の北とぴあで開催され、事業報告、決算、予算、行事計画のすべてが承認された。昨年の総会で加盟誌の年会費を八千円とすることが承認されており、本年度の予算からその金額で編成された。
 総会の席上では第二九回全国俳句コンクールの授賞式が行われた。今回のコンクールには九百三十句の応募があった。主な受賞者は次のとおりである。
協会賞
入学児みんながひらがなでしやべる 田口 武歯車・銀化
優秀賞
霜のこゑ死が新聞にたたまれて  鈴木 恭子(月の匣)
桃咲けり人の戻らぬ被爆の地   高橋 透水(銀漢・鷗座)
梅ひらく匂袋を解くやうに    成田 清子(門)
海苔干して国生みの島ふくらみぬ 辻  桂湖(円虹)
紺屋町余寒の水を流しけり    原  瞳子(初蝶)
梅真白恐れるもののない齢    川島由美子(歯車)
日の丸の裏も日の丸開戦忌    徳吉洋二郎  
本籍は捨田となりて蝌蚪の国   三野 公子(山彦)
逆立ちの指がめりこむ春の土   倉岡 けい(軸)
秀逸賞
頬杖をはづして残る寒さかな   髙橋 健文(好日)
さくらさくら日本列島無重力   石口  榮(鷗座)
魚の影春の速さとなりにけり   髙岡富美子
春星の言はば卑弥呼の耳飾り   祐  森司(鴻)
筆箱の中の荒波多喜二の忌    青木 栄子(自鳴鐘)
吊橋を引つ張り合うて山笑ふ   原  瞳子(初蝶)
十二月八日スクランブル交差点  徳吉洋二郎
残されし時間を急ぐ蝸牛     髙岡富美子
倖せがふくらんでゐる干蒲団   波切 虹洋(くぬぎ)
日脚伸ぶはがき一枚書くほどに  柿沼 利子
菜の花の続きは海の深き青    小林 菊江(あびこ)
恋がるた母が発止と跳ね飛ばす  野上  卓(汀)
栞してここより未読春隣     梛 いつき(歴路)
 当日句会も行われ、上位入賞句は次のとおりであった。
遠泳の抜き手が水平線を切る         秋尾  敏
新玉葱食ふや言の葉透きとほる        井口あやこ
浜風に応ふ鳴砂沖縄忌            大山実知子
 九月二九日(金)、東京都北区で吟行会を開催した。田端駅界隈を散策し、文士村跡、東覚寺赤紙仁王、大龍寺の子規の墓などを散策。句会は北とぴあで行った。かつて能村登四郎氏が居住した地とあって、能村研三顧問に講話をお願いしたところ、宮大工であった登四郎氏の祖父が能登から東京に出てきたこと、ご尊父も建設業であったこと、かつては文士村の多くの家作が能村家の所有であったことなど、今まであまり知られていなかった事実を語ってくださり、九月末としては猛暑の一日であったが、充実した会となった。吟行句会上位句と主宰・代表の句は次のとおりであった。
秋の蜘蛛文士は糸を吐き続け 木之下みゆき
糸瓜忌や右に傾げる八重の墓 波切 虹洋
赤紙が隠す仁王や秋日和         三浦  侃
文士村蜻蛉は風を乗り継いで 渡邉 樹音
子規の墓俳句は七味とうがらし 宮川  夏
忘却の秋の窓から降る言葉          早乙女文子
文士碑の土台の隙間つづれさせ        森岡 正作
石榴大粒いまし裂けたる子規の墓       佐怒賀直美
命日を少し過ぎたり鶏頭花          大竹多可志
涼新た四仏四面の寺にゐる          増成 栗人
糸瓜忌や右に傾げる八重の墓         波切 虹洋
文士病んで死後を旅する真葛原        今野 龍二
雲はバリトン秋冷が少し           秋尾  敏
 第十回編集賞選考会は九月二十五日(月)に東京の中央区スポーツセンター会議室で行われ、東海大学名誉教授の伊藤一郎氏、俳人の菊田一平氏、「俳句」編集長の石川一郎氏による選考によって、編集賞に「岳」(宮坂静生主宰・月刊)、特別賞に「円虹」(山田佳乃主宰・月刊)と「松の花」(松尾隆信主宰・月刊)三誌の受賞が決定した。授賞式は、十二月一日(金)二時三十分より、東京都台東区民会館において開催予定である。
 当協会も徐々に本来の活動を取り戻しつつある。会費を改定し、余裕はないが、何とか正常な姿の予算編成をすることはできた。さらに今年度から新たに、文學の森「俳句界」誌が賛助会員として参加を表明してくださり、本阿弥書店「俳壇」、東京四季出版「俳句四季」、角川書店「俳句」と併せて四誌の援助を得ることになった。その責任を自覚し、流派や主張を越えた交流という当協会の目的を追求していきたい。